布川RCサーキットそばの鉄道遺構 |
とは言っても49年前に廃止されてしまったので、知ってる人とか乗った事がある人が居る方がおかしいのですが(;´Д`)
黄色の丸が布川サーキット。
赤い線が今はただの林の中の道路です。
赤線の部分に繋がる一筋の線が見えます。
ここが大田郷駅から関本を通り鬼怒川河川敷まで伸びた、常総筑波鉄道鬼怒川線、地元の方には三所線と呼ばれ親しまれた鉄道の残り少ない線路跡です。
wikipediaの常総筑波鉄道鬼怒川線の項目。
たしか入り口に自販機が置いてあったかな?
これが道路に転用された常総筑波鉄道鬼怒川線の線路跡だそうです。
CRFが子供の頃、お爺ちゃんにドライブに連れてってもらって、この近辺だと思うのですが、廃線後撤去されてない踏み切りの残骸が残ってたような記憶が薄っすらとあるのですが、ここだったのか、もっと関本よりだったのが、子供の頃の記憶なのでハッキリしません(;´Д`)
そんな中、お仕事の御得意様に実際に乗って通学していた方が居りまして、大変貴重な詳しいお話をうかがう事が出来ました。
・戦争で疎開して関本へ引っ越してきた。
・当時は小さな蒸気機関車で客車と貨車が一緒に連結された混合列車だった。
・兎に角遅くて大田郷を発車したのが見えてから、山(丘?)を突っ切って走って行くと余裕で追いついた。
・下級生は客車に乗ると生意気だと言われ貨車にしか乗せて貰えなかった。
・雨の日も屋根の付いてない貨車に乗せられた。
・貨車は砂利を積んだ無蓋車だった。
・駅に向かって来るお客が見えると発車しないで待ってた。
・大田郷と黒子の間に飛行場と呼ばれる駅があった。
などなど、ネットや文献を調べても載ってない当事者ならではの貴重な当時の様子を聞く事が出来ました。
いつも布川サーキットへ向かう途中、ここを小さな機関車が通っていた当時の風景を思い浮かべながら、この廃線跡を横切ってます。
今度、雨で走れない時にでもゆっくり観察して来ようかな?
廃線ヲタモードのCRFでした。
それでは、また!